ロンドンがリードするテック分野「Tech For Good(テック・フォー・グッド)」:世界が注目するその理由とは?
ウォード 涼子
イギリス政府に後援されているイギリスの起業家ネットワークは、「テック・フォー・グッド(Tech for Good)」を「世界における最も難しい課題を解決するためのデジタルテクノロジー」と定義しています。
世界から注目されるロンドンの「テック・フォー・グッド(Tech for Good)」とは
例として、使い捨てされるファストファッションのアップサイクルを即すアプリDepopや、食べきれない食べ物をシェアできるプラットフォームを提供するOlioなど(後述)を挙げています。つまり、経営やマネジメントのベースに「社会課題解決型の視点」があり、社会をよりよくするためにデザインされたテクノロジーといえます。
イギリスやロンドンの「テック」といえば、フィンテックを思い浮かべる方も多いと思いますが、そのほかにもエデュテック、インシュアテックなど様々な「テック」領域が存在する中で、このテック・フォー・グッドが、イギリスの得意とする新しいテックの分野として注目されています。
イギリスのイノベーション・チャリティー団体であるNestaの調査によれば、環境問題や社会問題を解決するためのテック・フォー・グッドの分野において欧州内でロンドンは最も先進的な都市です。2位以下のアムステルダム、コペンハーゲン、ストックホルム、パリなどの欧州60カ国に比べ、ロンドンは、「ずば抜けてリードしている」とのこと。
今年4月24日に発表されたTech Nationのデータによれば、イギリスのテック・フォー・グッドは2018年でベンチャーキャピタルから10億9000万英ポンドの資金調達、23億英ポンドの価値を生み出し、売上(turnover)は7億3200万英ポンドでした。これは、イギリスのB2C製造業の規模を上回る額で、このテック・フォー・グッドの約半分がまだシードレベルの投資しか獲得していないことを考えると、いかに同分野に勢いがあるかがわかります。
イギリス国内でテック・フォー・グッドの事業にかかわっている企業は490社で、うち0.2%がスタートアップ企業です。テック・フォー・グッドはその中でも分野は多岐にわたりますが、イギリスで最もメジャーな分野は、上から順に、エデュテック(10.3%)、フィンテック(9.2%)、AI(8%)です。
ロンドンで「テック・フォー・グッド(Tech for Good)」が発展する背景
欧州のテック・フォー・グッド市場について調査したNestaは、「ロンドンは、商業的な観点からもヨーロッパのテックキャピタル的存在。この点が、テック・フォー・グッドに関しても追い風となっている」とコメントしています。
ロンドンのインフラ、そこに集まるスキル、フィランソロピー、シードキャピタル、インパクト投資、ベンチャーキャピタルなど様々な投資が存在する背景などがロンドンを欧州内でもトップに引き上げた、とのこと。
そのほか、テック・フォー・グッドに関するネットワーキングイベント、アクセラレーター、ハッカソンなどテックのスキルを競い合う大会の存在などがロンドンでのテック・フォー・グッドの発展に寄与しているとされています。
例えば、7500人のイギリス国内外のテック業界リーダー、起業家、専門家から成るネットワークであるGlobal Tech Adovocatesは、テック・フォー・グッドのワーキンググループを持っており、定期的にミートアップイベントを開催しています。このワーキンググループには60のメンバーがおり、テック・フォー・グッドに関するベンチャー事業の情報共有、ロンドンを引き続きテック・フォー・グッドの先駆者としてプロモートしていくことなどを目的に行われています。
また、政府からの後押しが手厚いことも特徴です。ロンドン市は、ロンドンの様々な問題をテックやイノベーションで解決するすることを目的に、The Civic Innovation Challengeというイニシアチブに着手しています。スタートアップや中小企業と、その分野をリードする企業や公共機関をマッチングさせながら、ロンドンの「7つの課題」を解決するため様々な取り組みを行っています。
「7つの課題」とは、以下の通りです。
- 利用者にやさしい認知症サービス強化
- 空気汚染を軽減するため交通の効率化
- ゼロ排気を実現するための電気自動車の導入・浸透
- 誰もが手の届く値段での住居提供
- 全てのロンドン人が上手く金銭管理ができるようにすること
- 孤独・孤立化を解消するための、より溶け込みやすいコミュニティーづくり
- 健康・ウェルネス向上のための運動・フィットネスの促進
このイニシアティブに参加することによって、ファンド調達、関連ワークショップ、メンタリングなど様々なサポート、潜在顧客・パートナーとのネットワークづくりなどができるようになります。
このように、スタートアップなどを交えてイノベーションを促進するような土壌が官民両方に根付いているという背景などが、ロンドンでのテック・フォー・グッド分野の発展を加速化させていると言えます。
「テック・フォー・グッド(Tech for Good)」イギリス企業一覧
アンディアーモ/Andiamo
Andiamo(アンディアーモ)は、ビッグデータ、3Dプリント、先進医療技術を用いて、障がいをもった子供たちのために、短時間でそれぞれの体に合った装具を提供するという事業を行っています。
起業のきっかけは、共同創設者であるSamiya Parvez氏とNaveed Parvez氏の間に生まれたDiamo君が障がいをもっていたことです。治療が施されても、そのあと必要なタイミングですぐにDaimo君の体に合う装具が手に入らず、そのことから治療の効果を最大化できず2012年3月に残念ながら亡くなってしまいました。こういった、自分の子供を助けたいが、必要な装具を見つけるまで無駄な時間を過ごさなければならなかったという親としての経験が、彼らの事業の根底にあります。
設立は2013年12月、2014年のクラウドファンディングを成功させた後は、イギリスを含むヨーロッパ各国で事業展開しており、今後さらに世界進出をしていく予定です。
スキャンのサービス、サービスを受けるのに必要なiPadが無料で提供され、デザインプラットフォームや必要な情報へのアクセスを、ローコスト・ハイクオリティで得ることができます。自分の体にフィットする装具を作成するのに最長数か月かかるところを、3Dプリントなど最新テックを利用することにより数週間までに短縮しています。
オーリオ/OLIO
OLIO(オーリオ)は、食糧の無駄を軽減することを目的に、必要なくなったがまだ食べられる食品を近所の人と繋がり分けあえるアプリを開発。共同創設者であるTessa Clarkeが、引っ越しの際に余った食物の行き場・お裾分けする相手を探すのに苦労した経験、同じく共同創設者のSaasha Celestial-Oneが、貧しい家庭で、人からもらったものをやりくりして育った経験などが背景に2015年よりこのビジネスが始まりました。
使い方は簡単で、アプリをダウンロード、人にあげたい食品の写真を簡単な説明書きと共にアップし、いつどこで受け渡しができるかを指定するだけ。もちろん、逆に他の人が要らなくなった食品を受け取りたい場合も、同じアプリから操作できます。アプリに登録された食品のリストの中から自分が欲しいものをリクエストし、実際の受け取り場所や時間は出品者から個別メッセージで調整します。
アプリ上に登録される食品は、個人的にスーパーなどで買って余った食品だけでなく、自分の庭で育てた食べきれない野菜、地域のパン屋など食品店で余った商品なども含まれます。
特徴の一つは、「ローカル」に拘っているということです。やみくもに遠い地域からの出品された食品を受け渡しするのではなく、あくまでも近所で自分で出向いて行ける距離で食品をゲットすることに拘っています。理由は、長距離の輸送の際に避けられない排気の量を軽減し、環境への配慮をするためです。
オーリオの自社調査によると、500万マイル以上の運転距離を削減できたとのこと。アプリの利用人数は120万以上と、とてもインパクトのあるテク・フォー・グッド企業です。
個人だけではなく、Sainsbury’s(大手スーパーチェーン)、KERB(ストリートフードのキュレーター、アクセラレーター)、HelloFresh(レシピとレシピに必要な食品をデリバリーする)など多数の大手ブランドとも提携しています。
詳しくは、紹介ビデオ(英語のみ)も合わせてご覧ください。
オーガナイズ/Organise
オーガナイズ/Organiseは、イギリス国内の労働環境を完全するという目的のもとに生まれた非営利団体です。
具体的には、例えば「もっと有休日の日数を増やして欲しい」、「男性の育児休暇中に払われる額を増やして欲しい」などの要望が特定の職場であった場合、それを実現させるためのキャンペーンを無料で企画・実施してくれるというものです。オーガナイズの社員やボランティアが一丸となって、キャンペーンに必要なすべてのステップにおいて手厚くサポートします。個々の企業や職場に特定したキャンペーンだけでなく、有給休暇取得の権利に関する国レベルでのキャンペーンに携わった実績もあります。
具体的な例としては、
- 有給休暇が取得しずらかったイギリス大手薬局チェーンであるBoots(ブーツ)で、オーガナイズを通じ署名を5000以上集め改善に導いた例
- ウィンブルドンでのBBCのポジションの一つが無給であるとう現状を変える為に署名を集めている例
- 署名を集めイギリス大手書店ブランドのWaterstones(ウォーターストーンズ)での賃上げを求めた例など様々です。
現在では6万5000人を超える人々がこのサービスを利用しています。
また、「オーガナイズ」というアプリも提供しており、これは職場での差別、あらゆるハラスメントや「何かおかしい」と思った事例を証拠として記録していけるというもの。例えば、日付の付いたメールや日記、画像・動画などを「ノート」としていつでも簡単に記録していくことができます。
それぞれの「ノート」は自分の他の「ノート」ともリンクさせることができ、リンクされた「ノート」が集まったものを一つの「ケース/事例」として保存していきます。そして、これらの証拠を元に報告することができると思ったら、アプリからその「ケース」をPDF形式でダウンロードし、自分の会社の人事部、労働組合や弁護士に提出することができます。
バルブ/Bulb
2014年にHayden Wood氏とAmit Gudka氏によって設立されたイギリス最大のグリーンエナジーサプライヤーであるBulb(バルブ)は、アプリの利用により簡単に再生可能エネルギーを利用できるサービスを展開しています。バルブが供給しているエネルギーは、全て太陽光、風力、水力などを利用して生成された再生可能エネルギーです。
さらに、全体の供給エネルギーの10%は食料廃棄物、農場で出た廃棄物などを利用することによって補い、それ以外のエネルギー利用で発生する二酸化炭素は、世界中で様々な二酸化炭素削減プロジェクトに取り組むことで最終的な二酸化炭素排出量をプラスマイナスゼロにし、100%カーボンニュートラル/炭素中立(二酸化炭素の排出量と吸収量が同じ状態)を実現しています。
バルブ自体がエネルギーを生成しているわけではなく、Old Walls Hydroなどのイギリスの再生エネルギー生成している企業からエネルギーを買うことでエンドユーザーに供給しています。
バルブから供給されるエネルギーを利用する際、オンラインで「バルブアカウント/Bulb Account」をセットアップし、アプリをダウンロードすることによって常に自分がどれだけのエネルギーを利用しているかが一目でわかります。実際にアプリで自分の使っているエネルギー量をチェックすることによって意識が高まり、平均で一人のユーザーにつき10%利用エネルギー量が減ると計算されています。環境だけでなく、ユーザーのお財布にもやさしい機能といえます。
また、グリーンエネルギーの利用に興味があっても、手続きが面倒だという人のために、バルブはその代行もサービスの一環として行っています。今現在利用している供給会社への通知から契約終了に必要な手続きを全て代行してくれ、もちろんその間エネルギー供給がとだえることはありません。さらに、契約終了に伴い必要となる違約金もバルブが支払ってくれるという特典付きです。
バルブメンバーは空気中に排出されるCO2の量を一人で毎年平均3.5トン削減していると計算しています。これは、1770本の木を植えることに相当するといいます。また、バルブは、2019年末までに全体で660万トンのCO2削減の実現を目指していますが、8月末現在ですでに460万トンのCO2を削減していることなどからも、その環境に対するポジティブなインパクトがうかがえます。
ディポップ/Depop
英紙ガーディアンが、「Ebayとインスタグラムを掛け合わせたようなもの」と表現しているように、Depop(ディポップ)は、インスタグラムのようなビジュアルメインの側面と、フリマアプリのような機能の両方を兼ね備えたアプリと言えます。
ディポップはSimon Beckerman氏によって2011年に創設された企業で、元はSimon氏が携わっていたPIGという雑誌で特集された商品を買えることができるプラットフォームとしてスタートしました。現在は、1000万人を超えるスタイリスト、デザイナー、アーティスト、コレクター、ビンテージ者販売者などが利用する巨大なテック・サービスと成長しています。本社を構えるロンドンの他に、ニューヨークやミランにも拠点があり、約80人の従業員を抱えています。
不要になった服・アイテムをアプリ上に出品し、アプリ利用者と直接やりとりして売買を成立させていきますが、クリエイティブ系の出品者・ユーザーが多く、ビジュアルに重きを置いているのがこのディポップの特徴です。商品の見せ方を工夫し、まさしくインスタグラムで「映える」ビジュアルを考えるように、自ら売りたいアイテムをプロデュースしながら使っていくのがこのディポップ。
英語でディポップを検索すると、「ディポップで売るための5つのコツ」「トップ出品者による、ディポップでの金儲けの方法」など、売上をあげるためにどのように自分自身をプロモートすればいいのか?という点について注目・研究されていることがわかります。
また、アプリで出品している人の中には、インフルエンサーや有名アーティスト、クリエイターも多く、そういった人たちと直接連絡を取りアイテムを購入できるという点が人気を得ている特徴の一つでもあります。
また、マーケットやポップアップショップとしても頻繁に展開しています。
単なるフリマアプリではなく、不要になったファッションアイテムをかっこよく見せ、「アップサイクル」しているという点で、無駄をなくし且つビジネスを成立させるというテク・フォー・グッドを実現していると言えます。
ディープマインド/Deepmind
科学者、エンジニア、機械学習専門家などが集まったDeepmind(ディープマインド)は、最新のAI技術を駆使し、公共の利益に寄与しているテク・フォー・グッド企業です。未だAIに対する世間一般の理解や関心が低かった2010年にロンドンに設立され、それ以来、機械学習、脳科学、エンジニアリング、数学、シミュレーション、コンピューティングインフラなど、学際的なアプローチで様々なプロジェクトに携わってきました。
その革新的な技術やアプローチが評価され、2014年にグーグルに買収されたことでも有名になったスタートアップで、それが4億ポンドという巨額な買収額だったことからも、世界的に注目を浴びている企業です。グーグルが買収に成功する前には、2012年12年にフェイスブックが買収を試み失敗していたという背景からも、ディープマインドの世界におけるプレゼンスの高さが垣間見れます。
具体的なプロジェクト例としては、
- Moorfields Eye Hospitalと連携し、AIシステムを利用しより素早い眼科診断を実現させた例(これは、Nature Medicineでも論文発表されました)
- グーグルのデータサーバー室の冷却方法をより効率化し、エネルギーの消費量を30%削減させた例
- 異常な折り畳み構造のタンパク質の存在が関わって発症するとされているパーキンソン病、ハンチントン病、嚢胞性線維症などの新しい治療方法・治療薬の開発のため、タンパク質の構造・形状を予測するシステム開発への取り組み
などが挙げられます。
まとめ
テック・フォー・グッドという分野で活躍するイギリスのスタートアップについて紹介しました。様々な「テック」分野で世界的に既に先頭を行くロンドンならではの強みが、更に成長を加速化させていることがわかります。
弊社では、テック、スタートアップなどを含む様々な業界・フィールドに関する調査実績があります。関連業界のエキスパート、インフルエンサーに対する直接のインタビュー調査など、ロンドンを拠点としているという強みを生かすことができます。ご興味ございましたら、お気軽にご相談下さい!
東京エスクはロンドンを拠点とするマーケットリサーチ・エージェンシーです。日本とヨーロッパの架け橋となります。日本と海外ビジネスの相互理解を促進するとともに、カルチャーという視点から、新たなビジネスチャンスを発見いたします。
何かご質問などございましたら、お気軽にこちらよりお問い合わせください。