【ロンドン初の日本酒バー MOTO LONDON】オーナーのヘイグ・エリカ(Erika Haigh)に聞く、日本食文化のローカリゼーションのコツ。
野本 菜穂子
2019年11月にオープンしたばかりの、日本酒バー&ショップ、MOTO LONDON(モト・ロンドン)。ロンドンでも最も人気な観光地の一つのコベント・ガーデンに位置し、日本酒に特化したロンドン初のバーとして、注目を浴びています。
本記事では、ディレクター兼共同オーナーのヘイグ・エリカ(Erika Haigh)さんに、起業の経緯やイギリスにおける日本食業界のトレンド、また海外進出を検討している日経飲食企業に対するアドバイスについてお話を伺いました。
インタビュー
野本:今日はありがとうございます。まずは、MOTO LONDONを設立するに至った経緯を教えてください。
ヘイグ:こちらこそありがとうございます!私はカナダと日本のハーフで、両国で育ちました。もともとお酒にはとても興味があって、ワイン業界での勤務経験もあります。とにかく多文化な環境の中で生活してきたので、常に日本の飲食文化を世界の視点から眺めてきました。ヨーロッパでは、日本食をはじめとする日本の文化が何度ともブームになっていましたが、今、これまでにないほど日本食文化に対する興味と需要があります。
そこで、注目することにしたのが日本酒でした。すでに「和食通」の外国人は、日本酒を飲んだことのある場合が多いですが、一般的には「ちょっとエギソチック」で「いい日本食レストランに行ったら飲んでみる」くらいのイメージです。でも、日本酒は、フレンチからイタリアンまで、本当に様々な食事やシチュエーションに合う飲み物で、飲み合わせさえわかれば誰でも楽しむことができます。そしてなにより、日本酒が作られる工程には様々なこだわり、歴史、文化が詰まっていて、まさに日本文化そのものを表していると言えます。このような「職人」的な側面は、ヨーロッパ圏でも非常にウケがいいと思います。
野本:トレンドに敏感な人は、外国人でも日本酒に詳しいイメージがありますよね。では、簡単にMOTO LONDONはどんなバーですか?
ヘイグ:まず、ロンドンの名所の一つであるコベント・ガーデンに位置しています。この場所には、じつはこだわりました。西ロンドンはお金持ちが多く、結局「プレミアム」で「ラグジャリー」な日本酒のイメージが払拭できないという理由から、却下。東ロンドンはアーティストも多く、トレンドの発祥地だからこそ「トレンディー」で「特別なもの」としてのレッテルが貼られてしまう懸念から、こちらも却下。ロンドン中心地なら、観光客もローカルの人も、気軽に足を運ぶことができ、立地的にも概念的にもアクセスしやすいものにできると思い、ここに店を構えることにしました。
MOTO LONDONのミッションは、日本酒をもっと知ってもらい、日本酒へのハードルを下げること。まだまだ、カジュアルに飲めるものとして理解されておらず、ラグジュアリーなものとして認知されています。そこで、MOTO LONDONでは楽しく、明るく、気軽に色々な日本酒にトライできる仕組みを施しています。
野本:まず特徴的なのが、バーカウンターの向かいにある、ディスプレイですよね。
ヘイグ:はい。ここでは、お客さんが一目で当店のお酒の種類がわかるように、展示しています。口当たりは、柔らかいものから辛口のものまで、縦に並べています(マイルド→メディアム→ドライ)。フレーバーは横に並べていて、右に行くほど深みのある味わいとなっています(フレッシュ→アロマティック→アーシー→うまみ)。日本酒を飲んだことのないお客さんも多くいらっしゃるので、わかりやすく、初めてでも頼みやすいディスプレイにしようと工夫しました。
野本:メニューも工夫されていますね。一番人気なお酒はどれですか?
ヘイグ: メニューも、ディスプレイ同様、フレーバーのタイプに分けられています。女性に人気なのが、やっぱり「日本酒カクテル」。名前も工夫していて、たとえば「No.84」は百人一首の84番、藤原清輔朝臣作の「長らへばまたこのごろや忍ばれむうしと見し世ぞいまはこひしき」がテーマになっています。他にも、人気アニメ「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない(通称:あの花)」がそのままネームになっているカクテルもあります。シーズンごとにカクテルメニューは変えていて、考える方としてもとても楽しいです。(笑)
野本:素敵です!手元のメニューでは、現地の人でも想像しやすいよう「梨」「ライチ」といったフルーツにフレーバーが例えられているのが興味深いと思いました。ドリンク以外にも、軽食も提供しているんですよね?
ヘイグ:そうです、日本酒に合うからあげ、ねこまんま、ナスの煮浸しなどの軽食も提供しています。最近ではカニコロッケが大人気で、インスタでPRしたところ、すぐに売り切れてしまいました。店内はバーカウンターと長いすが2つといったこじんまりとしたスペースですが、多い日には1日に55-60グループ(2〜4人ずつ)もの客足があります。カップル、友達や仕事帰りのグループ、観光客が、客層のほとんどです。特に中国人のお客さんの中には、インスタ上のとあるインフルエンサーが当店の日本酒カクテルをアップした投稿を見て、来店してくれた人も少なくないです。
野本:マーケティングもうまくいっていますね!他に、イギリスで成功できるよう、工夫した点などありますか?
ヘイグ: 実は、一番こだわったことの一つがスタッフです。ヨーロッパで展開されている日本食飲食店でよくありがちなのが、スタッフ全員を日本人にしていること。日本らしい、オーセンティックなサービスを提供したいという想いの表れかと思います。でも、MOTO LONDONのミッションは、日本酒をもっと身近な存在にすることです。日本人ばかりで固めてしまうと、日本人バブルができてしまい、むしろ現地の人が近づきにくくなってしまいます。MOTO LONDONのスタッフは様々な出身地、バックグラウンドを持っており、それが逆に魅力になっています。
野本:なるほど、これから海外進出を考えている日本飲食店のアドバイスになりますね!逆にイギリスでの起業で難しかったことなどありますか?
ヘイグ:日本みたいになんでもすぐに外注した作業が終わると思ったら、大間違い(笑)。当店も、本当は8月オープンの予定が、建設会社や不動産の作業ミスで、11月末にずれ込みました。
野本:それは大変でしたね。MOTO LONDONとして、今の課題はなんですか?
ヘイグ:日本酒をもっと身近で、気軽に楽しめるドリンクにすることです。友達のフラットでディナーパーティーする時に、日本酒を持っていく、なんていうところまで行けたらいいなあ、と思っています。実は、店内でもお酒は売っていて、当初は全く売れなかったのですが、徐々に常連さんが買ってくれています。あとは、「モト酒スクール(Moto Sake School )」も開催していて、飲み比べや、日本酒の歴史や文化を少人数で教えるコースなども提供しています。
野本:日本酒がもっともっと、身近なドリンクになってくれるといいですね!最後になにかコメント等ありますか?
ヘイグ:「日本」のものであるだけで、それは非常にバリューがあります。たとえばBrewdogは焼酎を作り出したりしています。日本のものは「健康にいい」というイメージが強く、さらに日本酒は手作りかつ無添加なので、現在のナチュラル思考やウェルネスのトレンドと非常にマッチしています。これから「日本ブーム」はさらに加速していく一方だと思うので、むしろそれをうまく利用している日系企業があまりにも少なすぎると思います。かなり需要のある市場なので、もっともっと日本飲食業界がヨーロッパで展開してくれると嬉しいです。
野本:どうもありがとうございました!
プロフィール
1991年生まれ、千葉県出身。MOTO LONDON(モト・ロンドン)オーナー兼共同ディレクター。唎酒師「酒ソムリエ」認定、WSETレベル3アワード(日本酒部門)、WSETレベル3アワード(ワイン部門)、WSETレベル2アワード(蒸留酒部門)保持者。
Tokyoesqueについて
東京エスクはロンドンを拠点とするマーケットリサーチ・エージェンシーです。日本とヨーロッパの架け橋となります。日本と海外ビジネスの相互理解を促進するとともに、カルチャーという視点から、新たなビジネスチャンスを発見いたします。
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