森林浴、禅、生きがい…ヨーロッパで3つの人気の日本語ワード
野本 菜穂子
「ヒュッゲ」や「ラゴム」をはじめとする、ヨーロッパの生活感や考え方が日本ではトレンドとなっています。一方、ヨーロッパでは日本の考え方や行動が、そのまま日本語でトレンドとなっています。日本語では日常的な言葉でも、欧州のコンテキストでは、奥行かしく、伝統的な東洋的な考え方という側面が強調され、ある種のエキゾチックな意味合いを生み出しています。若者を中心に、多くのトレンドを生み出しています。
この記事では、海外からみた最新の日本のイメージ、またそこから垣間見えるヨーロッパにおける生活思考や消費思考を浮き彫りにしていきます。
Zen (禅)
最初の例は、仏教の一派である「禅」。忙しい都会人にとって、ウェルネスが世界中で既に主流なトレンドとなった今、欧米では日本の「Zen (禅)」が主流です。5年以上前からすでにビジネスシーンにおけるZenはトレンドとなっていて、2013年11月、米Googleのカルフォルニア支社がベトナム禅仏教マスターThich Nhat Hanhを呼んだことは話題となりました。
日本語では単なる仏教の一派という名詞である一方、英語のZenは形容詞として「リラクシングな」「マインドフルな」「アジア的」「シンプルな」「健康的な」という意味合いで広く使われています。Cambridge DictionaryでZenを引くと、第一の定義が「relaxed and not worrying about things that you cannot change(リラックスしている状態、変えられないことについて心配していない状態)」という形容詞とされています。そのあとに、第二の定義「日本の仏教の一派」が続きます。
しかも、すでにZenは動詞や名詞として汎用されています。
動詞だと、「Feeling Zen」や「Zen out」というリラックスしている状態の動詞を指します。形容詞としては、シンプルでリラクシングなインテリアや食品には「Zen-inspired」が使われます。また積極的にリラックス効果を得ることを「Being Zen」「Getting Zen」…と無数のZenの使い方があります。 特に「Zen Out」(完全にマインドフルである状態)は、「Zoning Out」(ぼーっとすること)と聞こえが似ていることもあり、専門家による区別もなされているほどです。
これほど流用・汎用されているZenという単語は、消費市場にも明らかに出ています。
例えば、「マインドフルな」という意味合いでは、商品(スマートフォンOnePlus 7 Proの機能には「Zen Mode」というモードがあり、オンにすると20分間通知がオフになり、また5分経過後はキャンセル不可能。カメラと緊急電話は使える。
また、2019年5月、イギリスの建設会社DP Architectsは日本の建築デザイン会社ILYA と協業し、「Zen-inspired」な新しいコンドミニアムを新設すると発表。Woodleigh Residencesというこのマンションは、667もの部屋、プール、日本スタイルの温泉スパ、瞑想室、畳の部屋など完備される予定です。
「アジア的」という意味合いでは、飲食店(バーミンガムのベトナム料理屋のZen Metro)。「健康的」という意味では、サプリメント(Biocyte社のMicro Zen)などがあります。
このように、日本の「Zen」が注目されていることは、とくに欧米の忙しい都会人の生活に必要とされていることを浮き彫りにしています。「自然とのふれあい」「静けさ」「リラックス」「ストレス解消」「ウェルネス」「健康的」ーこのようなニーズが存在することを、Zenというワードの流行は物語っています。欧米でマーケット開拓する場合は、このような文化的背景があることを意識することもが重要となってきます。
Shinrin-yoku (森林浴)
日本では森の中に身をおく、シンプルな動詞として日常的につかわれている「森林浴」という言葉。一方、ヨーロッパでは、自然とつながる日本独自の感性として取り上げられ、また現代の忙しいアーバンライフにとって生活に取り入れるべき思考として注目を浴びています。
「森林浴」という言葉の歴史は比較的浅く、1982年に林野庁長官の秋山智英氏によって生まれた造語です。日本全土の67%も覆う広大な森林を推進するキャンペーンの一環として生まれました。2016年頃から欧州圏のアーティストや建築家、活動家などに取り上げられ始め、2019年現在、よりメジャー化してきた現状です。
例えばブーム初めの2016年、London Design Festivalにおいてイギリスの建築家Asif Khan氏は車会社のMiniとのパートナーシップのもと、都会の真ん中に「生きた森」をいくつか再現しました。これらは日本の「森林浴」にインスパイアされた作品とのことで、「仕事場と家をつなぐサードスペースとして、都会の生活者にとって憩いとコミュニケーションの場所になれば」というテーマのもと作成されました。
今年2019年に入り、多くのビジネスがこのブームを受け、Shinrinyokuをフィーチャーした商品やSNS投稿をしています。
例えば、トレンド発信地の東ロンドンに拠点をおくEarl of East Londonというホーム雑貨会社は、キャンドルや精油、バスソルトなどのラインアップのうち、「Shinrin-yoku」や「Onsen (温泉)」といった商品を展開しています。Shinrin-yokuの香りのキャンドル、バスソルト、精油の説明には、「森林浴(forest bathing)とは、森林にいき、木のエネルギーを吸収する日本の儀式です(Shinrin Yoku or “forest bathing”, is a Japanes ritual that involves taking in the forest atmosphere)」と説明されています。
そもそも、日本の伝統的で、スピリチュアルな側面が注目されています。もともと観光促進のため作られ、日常的に使われている「森林浴」という造語ですが、ヨーロッパではこのような日本の「イメージ」をこの言葉に投影し、ヨーロッパ独自の意味合いが生まれているとも言えます。
その他、ロンドンに本社をおくSeedlipとうナチュラル系アルコール飲料会社は、3月21日、世界フォレストデーに合わせて、「森林は、リラックス効果、心拍数を下げ、ストレス解消します。今日、#forestbathingができるスポットにでかけましょう。日本人はこれを #shinrinyokuと呼んでいます」とツイートしています。
また、アメリカのJulia Plevin, founder of the Forest Bathing Club in San Franciscoは自然とのふれあいがいかに現代人にとって重要か説く中で、日本の「森林浴」に言及。「森林浴とは、都会の生活によって失われつつある人間と自然の繋がりを取り戻す、仏教と神道の伝統にそった行いである」とまで説明しています。たった30年ほどの歴史しかないこの「森林浴」という造語から、欧米では日本がもつ「伝統」や「思想」というイメージがいかに一人歩きしているかが伺える一例です。
英メディアもこのブームに注目し、2019年4月付で、英ガーディアン紙で日本の Shinrinyoku に特化した記事が公開。森林浴が心身共に与える効果に言及したのち、「イギリスで “forest-bathing” を楽しんでみたい方は、団体で行われる “forest-bathing” セッションに参加することをオススメします。森林委員会(英国政府機関で国有林の管理を行う機関)が一部運営するForest Holidaysという会社は、イギリス国内でキャビンなどでのホリデーを企画しています」とのこと。
また、2019年6月時点、Shinrin-yokuを冠した本が多数英語で売られています。Oliver Luke Delorie氏による「Shinrin-Yoku」という本では、「森林浴は、日本の伝統的な思想である(Ancient Japasnese philosophy of Shinrin-yoku)」とまで書かれている。
またSNS上では、以下のようなハッシュタグが多く使用されています。
#naturalhealthing #shiatsu #treetherapy #forestbathing #treebathing
多くのセラピストが、セッションという形で 「Shinrin-yoku セッション」、「Shinrin-yoku ウォーク」を展開しています。
このように、日本語では日常的な言葉である「森林浴」は、欧州では「Shinrin-yoku」というよりスピリチュアルかつ伝統的な日本の自然と溶け込む行動・思想として認識されています。
Ikigai (生きがい)
「Ikigai」という言葉は、「Zen」「Shinrin-yoku」に比べて英語でより前から話題になっており、今ではビジネスや自己開発系の話題では必ずといって良いほど言及される基本的な思想となっています。
何が特徴的かというと、英語での生きがいは主に以下のような図で説明されていることです。
上から時計回りに、「自分が好きなこと」「社会が必要とすること」「お金になること」「自分が得意なこと」がそれぞれ重なる中心、それが「Ikigai」であるとされています。
また、その他「朝ベッドから起きる理由(a reason to jump out of bed in the morning)」「精神と実践がバランスよく融合したライフスタイル (a lifestyle that strives to balance the spiritual with the practical)」、「忙しいことが幸せであること(happiness of being busy)」などという解釈までよく目にします。
日本語では、ここまで複雑かつ壮大な思想ではなく、日々の小さな幸せから、生きる意味まで、自分にとっての幸せということに関する意味として広く、柔軟に使われるようなことが一般的です。
欧米では、少しばかり一人歩きしているような「Ikigai」。
特にビジネスの観点から話題になっており、たとえば起業家にとっての「Ikigai型起業」(Ikigai-driven Entrepreneurship)という思想も紹介されています。
これは、起業するにおいて、従来の起業は「得意なこと」と「お金になること」を中心としていたのが、より進化した社会的起業はこれに「社会のためになること」というアスペクトが加わっています。そして最も進んでいる起業のカタチはこれに「自分が好きなこと」が加わった「Ikigai型社会起業」とされています。
その他、SNS上では#ikigaiというハッシュタグが、リーダーシップ、自己開発、HR、などビジネスに関わる投稿に多く付く傾向があります。
この「Ikigai」という言葉の認識も、海外における日本のイメージである「スピリチュアルな」「思想的な」というイメージに影響を受けていることが伺えます。
まとめ
「Zen」「Shinrin-yoku」「Ikigai」という三つの日本語キーワードがどのように欧米で認知され、意味が代わり、使われているかを紹介しました。
このように日本の日常的な言葉をより「思想化」していることは、日本が伝統的で、奥ゆかしく、高尚な思想をもつというイメージの表れでもあります。
一方、エドワード・サイードが言及するような「オリエンタリズム」の表れ、ある種のエグゾティサイズの現れでもあるとも言えます。いずれにせよ、このように言葉が新しい文化において変動していくことは、その文化におけるニーズや生活観などみえてくる興味深い題材となります。
海外でビジネスをする際は、このような文化の違いや価値観の違い、日本へのイメージなどを合わせて考えることをお勧めします!
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