
【イギリスの医療・ヘルステック事情】ロンドンの病院で働く看護師、萩原芽衣に聞く日英の医療文化の違い。
野本菜穂子

長引く新型コロナウイルス。このようなパンデミックの時こそ、各国の対応の仕方や医療、科学に対する考え方、そしてその根底に流れる文化の違いを痛感する機会となったように感じます。
今回は、イギリスで働く日本人看護師、萩原芽衣さんに日本とイギリスの医療文化の違いについてお話を伺いました。患者の尊厳、使用器具、また新型コロナウイルスへの対応など異なる二つの国の医療文化について詳しくみていきましょう。
野本:今日はお忙しい中ありがとうございます!早速、夜勤明けということで、恐縮です…。まずは、自己紹介と今までの経緯をお願いします。
萩原:いえいえ、今日はこちらこそありがとうございます!イギリスのUCLHグループの一部の脳神経外科内科専門病院で、看護師として働いています。もともとは2015年に日本で看護大学を卒業し、聖路加国際病院(消化器内科)で2年間看護師として勤務していました。でもそのうち病院外の医療のカタチを見てみたくなり、聖路加を去りフリーランスナースとして様々な活動に挑戦してみました。主には、地域の派遣ナースとして働いたり、訪問看護にも携わりました。さらに2018年5月にはPacific partnershipの一員として思い切ってスリランカで医療ボランティアにも参加しました。
その後、他の国の医療を見たり、医療英語の勉強のため、2018年6月にロンドンに移住しました。イギリスは訪問看護、週末期医療、在宅のターミナルケアは進んでいるという噂をきいたのが、渡英を選んだきっかけだったと思います。
最初は、プライベート訪問介護士をしたり、今でも勤務している国営病院で看護助手(Nursing Assistant)として勤務しました。残念ながら、日本でとった看護資格を直接海外で使用することはできず、3つの試験を突破しなければ正看護師として働けないのです。助手をしながら勉強して、ようやく今年3月末に資格を取得。
今までアシスタントとして働いた同じ病棟で、そのまま正看護師として勤務しています。将来的には、訪問看護ができたら良いな、と思っています。

野本:ありがとうございます。様々な形で、しかもイギリスと日本の2カ国で医療現場に携わってきた方はなかなかいらっしゃらないと思います!具体的に、今はどのようなお仕事をしているのでしょうか?また、一緒に働くスタッフは?
萩原:脳外科の病棟なので、脳や脊髄の手術の患者さんが中心です。術前後のケアをしています。一緒に働いているスタッフはとても国際色豊かなので、様々な国籍を持つ人たちと一緒に働いています。大多数が黒人やアジア人で、白人の看護師や看護助手が少ないのには驚きました。
看護の現場で面白いのは、アジア人看護師の9割近くがフィリピン人ということ。新型コロナウイルスが蔓延する以前、私の病院組織には毎月フィリピンから10人ほど看護師が来て最終試験を受けた後に現場の仲間入りしていました。イギリス政府からの支援が厚く、フィリピンまで看護師をリクルートしにいって、飛行機代も出して、イギリスで試験対策も行ってるんです。幸運なことに、私はその試験対策に混ぜてもらいました。フィリピンは英語教育がしっかりしていて、みなさんちゃんと英語を話せるんですよね。看護教育も全て英語で行っているし、トランジションがしやすいんだと思います。アメリカ式のしっかりした看護教育で、優秀な人が多い印象を受けます。

野本:日本も今後ますます高齢社会化していく中で、看護師が足りていないのはよく知られています。しかし、日本ではまだそのような取り組みが全く行われていないと聞きました。
萩原:そうですね、残念ながら日本はあまり外国人看護師受け入れに力を注いでいません。日本語という言語の壁も確かにあります。でも、少子高齢化とともに、マンパワーが不足することは目に見えているので、外国人労働者がそこを補充する鍵を握っているのかもしれません。
イギリスではさらにマンパワーの確保を可能にする要があります。世界中でも増えている「ナーシングアシスタント」もしくは「ヘルスケアアシスタント」というポジションです。日本語では「看護助手」と直訳できますが、日本の看護助手とは仕事内容が異なります。ナーシングアシスタントは、文字通り正看護師の「サポート」をし、清拭はもちろん、バイタル(血圧や体温など)を測ったり、12誘導心電図をとったり、研修を受ければ採血や静脈ライン確保も行っています。日本ではこういった作業は、すべて正看護師がやっています。なので、その分ケアプランを考えたり、創傷ケアやドレーン管理をしたり、与薬、健康教育等より専門性の高い作業をする時間が削られてしまいます。
イギリスのナーシングアシスタントと同様の職種はオーストラリア、アメリカでも当たり前にあります。日本でもぜひ今後取り入れてほしいポジションです。のちにも話しますが、これによって患者さんを拘束しなくて良くなったり、正看護師のワークライフバランスの向上にもつながります。

野本:これが導入できたら、正看護師の負担もかなり減りますよね。では改めてお聞きしたいのですが、日本とイギリスにおける最大の医療文化の違いはなんですか?
萩原:一言で言うと、イギリスは自由、日本は束縛(笑)。まあ束縛というか、コントローリングというか。良くも悪くも、患者さんの自由がないような気がします。
例えば、日本でもPCC (patient centered care;患者中心のケア) の概念は学びますが、イギリスでは「患者さんの意志が絶対」。患者さんの尊厳と選択の自由をより重視している印象です。治療方法から、入院中の食事まで、患者さん主体に行われます。
これは一見とても良いことのように思えますが、いいことばかりではありません。例えば、イギリスの食事の場面を初めて見た時は驚きました。一人一人メニューを渡されて、「フィッシュ&チップス」「カテージパイ」、デザート欄には「アイスクリーム」「アップルパイ」など、日本の病院ではありえない高カロリーなメニューが載っていていて、好きなものを頼めるようになってるんです。
野本:なんだかパブ(日本で言う居酒屋)みたいですね(笑)。日本の病院食はどうなんですか?
萩原:日本では、ほとんどの場合、栄養士が計算した病状に合わせた100点満点の食事を提供します。しかも手作りで。でも基本的に出されたものを食べなきゃいけないし、病状によっては持ち込み食を禁止します。栄養バランスがいい食事という面では日本の方が圧倒的に先を行っていますが、これからもっと日本が国際化していく中で、グルテンフリーやビーガン、宗教上による食文化も考慮が大切になってくると思います。

野本:食事以外でも、全体的に日本は「お任せ医療」って感じがしますよね。
萩原:そうですね、もちろん少しずつ変わってきてはいますが、まだまだ医療者に任せて従おうと思っている患者さんも多いような気がします。日本でもお馴染みの「インフォームド・コンセント(Informed Consent)」という言葉があります。ちゃんと説明を受けて、情報を理解した上での承諾、という意味で、医療には不可欠です。日本でも積極的に行ってはいますが、イギリスでは日々の何気ない会話の中でもミニ•インフォームド・コンセントが行われています。
例えば、日本では配薬の時間に看護師が「朝の薬の時間です。これ飲んでくださいね」というのは普通です。一方イギリスでは、一つ一つなんの薬なのか、副作用や注意点を説明した後に承諾を得る、更に「昨日排便があったとのことなので下剤はやめておきましょうか?痛みはどうですか?少しなんですね、痛み止めもこの時間に処方されてますが飲みますか?」など本人と会話して相談して決めます。
もちろん患者さんが選ぶ選択肢が全て正しい訳ではないので、そのバランスをうまく取るのが看護師の仕事なわけです。なので、ちゃんと情報を提供し、理解してもらうことをいつも心がけています。たとえば治療を拒否した場合、きちんとリスクを理解した上での判断なのか確認し補足説明したりしますが、最終的には患者さんの意思を尊重します。日本では、拒否する患者さん自体国民性的に少ないかもしれませんが。
野本:なるほど、よく違いがわかりました。話が変わりますが、新型コロナウイルスに関して、イギリスの医療現場はどうでしたか?
萩原:イギリスの感染者の割合がとても高かったのはご存知だと思いますが、それは政府の対応や日本のように感染症対策が生活に根付いていないのが原因と私は考えています。感染者が急増する中で医療現場は一気に対応に追われました。
症状が出たスタッフは検査もせず2週間外出自粛(セルフアイソレート)しなければいけなかったので次々とスタッフが減りました。私の病棟では緊急性のない手術の多くを延期し、それでも人手が足りなくなった時のために、バンクスタッフを利用したり、普段マネージャーや専門看護師をしている人まで駆り出されて、30年ぶりくらいに病棟看護師の仕事をする先輩までいました。看護学生も駆り出されました。

野本:まさに猫の手も借りたい、というような状況だったんですね。ところで、バンクスタッフとは何でしょうか?
萩原:バンクスタッフというのは、非常勤で病院に所属するスタッフで人員不足の穴埋めをするスタッフです。これも日本にあったらいいなと思う制度の1つですね。
イギリスでは看護師のストレス軽減のためにもコロナ患者さんのケアは交代で行ったりしていて、コロナ患者さんがいない私の病棟からコロナ病棟に時々派遣されて手伝ったりもしました。もちろんその勤務が終われば自分の病棟での勤務に戻ります。院内感染リスクは高くなりますよね。ただ、あまりにも患者数が多かったので、看護師のストレス軽減の対策は必要不可欠だったと思っています。カウンセリング等のサポートもありました。感染者数が全く違うので比べるのも難しいですけどね。
野本:感染といえば、イギリスのマスクの着用率はかなり低いですよね。Ipsosの調査によれば、4月の時点で、調査対象の15カ国中イギリスはマスクの着用率が最下位というデータも出ていました。
萩原:そうですね。その点、日本ではマスク文化が根付いているし、看護師が院内感染を防ぐ対応がしっかりできていたのではないかと思います。友達の話によると休憩中の看護師同士の交流を制限したり、感染を広めないためにもコロナ患者さんのケアは特定の看護師が担当していたと聞きました。

正直にいうと、私が働く病院では、初期は看護師から患者さんへの、もしくは患者さん同士の院内感染が多くあったと個人的には思います。すでに他の理由で入院中の患者さんから陽性が出た例がいくつかありました。面会は早めに禁止になりましたが、看護師がマスクを義務付けられることはありませんでしたし、休憩室で同僚と話しながら食べることを制限されることもなかったです。
野本:そうなんですね。イギリスでは、そんな医療従事者は危険にさらされている「最前線で戦うヒーロー」として、盛大に讃えられました。企業は医療従事者を対象としたセールや値引きを行い、メディアも様々な形で医療従事者の活躍を取り上げていましたね。
萩原:イギリス国民からは熱いサポートがあり、医療者はヒーロー扱いされました。毎週木曜日、20時からイギリス全土で拍手が送られて、心強かったです。日本では医療者をウイルス扱いする差別があったと聞きました。本当なら、とても悲しいことだと思います。

野本:そうなんですね。ところでイギリスでは「BAME(イギリスで長く使われてきた、Black、Asian、Minority Ethnicの頭文字をとった略称)」は新型コロナウイルスによる致死率が高い、という信じがたいニュースがありましたが、実際のところどうなんでしょう。
萩原:人種という遺伝子的な違いによって致死率が上がるかどうかはまだ追求されていないので私からはなんとも言えないのですが、世界各国の感染致死率をみると特にアフリカやアジアが高いわけではないので可能性は低いように思います。
確実に言えるのは、ロックダウン中も外出をせざるを得なかった医療職者やバスの運転手、配達業者、スーパーのスタッフなどのキーワーカーと呼ばれる職種は有色人種の割合が圧倒的に多く、その分感染の危険に多く晒されていたということです。
イギリスの医療は無料で提供されているので、所得によって不平等に治療を受けられなかったこともありえませんし、差別があったとも思えません。
もう一つの可能性としては、持病がある人は新型コロナウイルスの重症化リスクが高いという事実があるので、もしかすると、一部有色人種の方の文化による生活習慣や、低所得層では正しい食生活を送れていないこと等により持病を持つ確率が高かったのかも知れません。

持病といえばですけど、人種に限らずイギリスの生活習慣病の罹患率は日本と比べかなり深刻です。例えば、糖尿病の患者さん。生活習慣に対しての教育を全く受けていないのか、先ほど言ったメニューから高カロリーな物を選ぶ様子には目を疑いました。深刻さが伝わる例としては、私が日本で糖尿病の患者さんにインスリン注射患者さんに打った時の一回量は最大18単位程だったのですが、イギリスで68単位という数字が必要な例も見かけました。さらに数時間後に24単位打つ指示…というような。極端な例ですけどね。
そんなところも人種問わずイギリスのコロナウイルス致死率に加担しているのかも知れません。
野本:それは深刻ですね。看護師ももちろんそのキーワーカーのうちに入りますが、イギリスの看護師のワークライフバランスはどんな感じですか?
萩原:イギリスの看護師のワークライフバランスは素晴らしい!(笑) 日本では二交代であれば日勤8時間、夜勤16時間というシフトの組まれ方が一般的です。こっちで16時間勤務なんていったら、「それって違法だよね?」と言われます。こんなに長い勤務時間だと、意識朦朧とする中、患者さんの薬を間違えてしまう、なんてことも理解できなくもないですよね。
一方、イギリスでは12時間日勤、12時間夜勤です。有給もちゃんと消化できて自分で選べます。2週間の休みを取って一時帰国したり。イギリスでは「看護師の健康を守る」という意識がちゃんとあります。看護師がアクセスできる様々なサービスが整えられていたり、きちんと守られているという気がするので看護師を続けようという気持ちが強くなります。日本では、もっと看護師を大事にした方がいいと思うのが正直なところです。

野本:本当に立派なお仕事ですね、看護師さん…!最後に、イギリスと日本が今後協力しあえることがあるとしたら、何でしょうか?
萩原:そうですね、テクノロジーという面からいうと、電子カルテは日本の方が進んでいる印象を受けます。私が働いているロンドンの病院でさえ、つい最近電子カルテになりました。イギリスに来たばかりの時は、まだ紙カルテでした。
日本からイギリスに提供できることとしたら、やはり予防医療ではないでしょうか。感染症に関わる衛生上のエチケットもですが、なにより食事や栄養についての教育は日本の強みだと思います。イギリスにはこの辺の需要はたくさんあるので、今後広がっていけたらいいなと思います。
逆に日本がイギリスから取り入れられるものは、すでにお伝えしたこと以外だと、「ホイスト」「サラステディー」と呼ばれる患者移動介助器具。ホイストは寝たきりの患者さんを車椅子に移乗させる優れもので、サラステディーは立ち上がれるけど歩行までは難しい患者さんを移動させることができます。看護師の腰的にも、患者さんの離床を促すにも助かります。

(出典:https://www.arjo.com/int/products/safe-patient-handling/standing-and-raising-aid/sara-stedy/)
寝たきりの患者さんが座ることは、肺を広げ、呼吸する筋肉を鍛える大事な機会です。日本ではこういった器具がないので、寝たきりの患者さんを車椅子に座らせるには看護師の肉体労働が必要で、腰の負担になります。ぜひ日本でも導入してほしいです。
最後に、日本にお願いしたいのは、拘束をやめてほしい!ということ。認知症の患者さんなどは、チューブを自分で抜いてしまったり、転倒してしまわないようにという理由で、拘束されます。日本では本当にこれが嫌いでした。
一方、イギリスでは極力しません。99%の場合しません。これが実現できているのは、先ほど言ったナーシングアシスタントのおかげです。1対1で患者さんについて、拘束する代わりにちゃんと目で様子をチェックする。これについては、私のインスタグラムアカウントでも詳しく投稿しました。
イギリスでは、患者さんの尊厳を守る、ということがちゃんと行き届いていると思った究極の一例ですね。

野本:そうなんですね。本日は色々と興味深い話をどうもありがとうございました!
バイオグラフィー
萩原芽衣
1992年生まれ。2015年に聖路加大学を卒業し、聖路加国際病院(消化器内科)で働く。その後、フリーランスナースとして地域看護を中心に活動を展開。2018年にはPacific partnershipを通してスリランカで医療ボランティアも行う。その後、他国の医療についてや医療英語の勉強のため2018年に渡英。ユニバーサル・カレッジ・ロンドン・ホスピタル(UCLH)にて看護助手として勤めながら、新型コロナウイルスの感染拡大中にイギリスの看護国家資格を所得。現在、同ホスピタルで正看護師として勤務しながら、イギリスの医療や看護に関する最新情報を自身のインスタグラムアカウントにて配信中。
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