ヨーロッパでキャッシュレスが進んでいる国4選!文化的背景、特徴【イギリス・スウェーデン・デンマーク・エストニア】
Maki Hasegawa
世界で加速する「cashless (キャッシュレス)」の動き。
シティグループとインペリアル・カレッジ・ロンドンの調べによると、ヨーロッパは「Digital Money Readiness(電子マネーに対する即応性)」において特に優れていて、2019年は8カ国が世界のトップ15にランクインしています。また、韓国や中国ではキャッシュレス決済が全体の54%を超えると言われる中、日本はキャッシュレスに後進的で80%の支払いが現金で行われています。
経済産業省は東京オリンピックと大阪・関西万博に向けて世界水準のキャッシュレス社会実現を目指すと発表していますが、キャッシュレスに慣れた外国人を迎え入れるインフラが未だ整っていないのが現状です。
この記事ではキャッシュレス化が進むヨーロッパ4カ国の最新決済事情を紹介し、それぞれの国の特徴を比較していきます。
「キャッシュレス社会」とは?
日本でもよく耳にするようになった「キャッシュレス」とは、現金(キャッシュ)を使わないクレジットカードや電子マネー、仮想通貨を通した電子決済のこと。
現在利用可能なキャッシュレスの決算手段は多様で、スピーディーな決済は非接触型(日本の楽天EdyやSuicaなど)やスマートフォンのQRコード読み取り、デビットカードは口座引き落としで即時払い、後払いはクレジットカード、というように消費行動や利用場面に応じて使い分けることができるようになっています。
近年キャッシュレス社会が推進されるようになった背景として、野村資本市場研究所研究理事の淵田康之氏はスマートフォンなどのモバイル端末の機能性とセキュリティの向上や、社会のユビキタス化(いつでもどこでも多様なものが標準化・共通化した仕組みによってつながる仕組み)を挙げています。またFintech(フィンテック)の台頭により現金を使う必要がなったこと、そして「欲しいものがすぐに手に入る」という消費スタイルの進化に伴い、社会がキャッシュレスの仕組みを求めているというのが実状です。
キャッシュレス化によって進む決済革命は、消費者だけでなく事業者や社会全体に大きな変化をもたらします。まず、現金を維持することでかかるコストが削減でき、個人もATMの手数料などの負担が減ります。また電子決済を行うことで、どこで、誰が、何を、いくらで買ったという情報がデータ化され、事業者は顧客情報と購買行動を結びつけて効果的なマーケティング戦略を練ることができるように。さらに、キャッシュレスな社会になることで地下経済を縮小し脱税防止にもつながります。
ヨーロッパでキャッシュレス化が進んでいる4カ国
日本で最も普及しているキャッシュレスはクレジットカードなのに対し、ヨーロッパ諸国ではデビットカードの方が主流。
そもそもデビットカードは支払いをするたびに預金口座から代金が引き落とされる仕組みになっていて、国境を超えた移動が自由なEU圏内では国外の買い物に対応するデビットカードの方が融通が利くのです。
以下、最もキャッシュレスが進んでいるヨーロッパの4カ国の事情を紹介します。
イギリス
かつて小切手社会と呼ばれていたイギリスはある意味もともとキャッシュレスだったとも言われていますが、1987年に登場したデビットカードが小切手利用を代替する形でキャッシュレス推進の中心となりました。今やカード社会であるイギリスでは2016年にカード決済率が現金決済率を超えており、持ち歩かれている現金の平均が5ポンド(約700円)以下であることが分かっています。
ロンドン他イギリスの都市部では、小さな個人商店、カフェ、マーケットなどで少額でもカードを使えるようになっています。ミュージアムやギャラリーなどには、カードで寄付を募っているところもあり、ロンドン自然史博物館ではカードリーダーが設置されていてコンタクトレス決済にも対応しています。
そもそもイギリスにはセルフレジが多くあり、レジで店員が会計する場合でも客が自分でカードを機械に挿し、暗証番号を入力して精算するのが普通です。もともとヨーロッパではカード利用時に署名するアメリカやアジアと違いChip and PIN方式を導入していて、レストランやカフェで精算をする際も、店員が席までカード読み取り機を持ってきてもらい席で会計を済ませられることが多くあります。
このようにキャッシュレス化が進むイギリスではオンラインバンキングの普及も重なって、銀行やATMの閉鎖が相次いでいます。銀行にわざわざ出向く必要がなくなり利便性が高くなった一方で、特に郊外や地方では銀行閉鎖によってサービスへのアクセスが絶たれてしまうお年寄りが増えたり、地域のコミュニティ意識がなくなってしまうのではないかという懸念もあります。
コンタクトレス決済
イギリスでは都市部を中心にカードやスマートフォンでの非接触型のコンタクトレス決済がキャッシュレスのスタンダードになりつつあります。
2007年に主要銀行が共通のコンタクトレス機能を導入したデビットカードやクレジットカードを発行し、利用者はカードと機械にタッチするだけで支払いができるようになりました。安全性の問題でコンタクトレスで払えるのは30ポンドまでに限られていますが、暗証番号の入力なしで時間がかからず精算できることから、一気に普及が進んでいます。
過去のブログでも紹介したMonzo(モンゾー)やStarling(スターリング)などイギリスのチャレンジャーバンク各社ももちろんコンタクトレスに対応しています。
銀行サービスをすべてモバイルアプリ上で提供するチャレンジャーバンクの一つの強みは海外利用時に為替レートやATMの手数料がないということで、ヨーロッパ内ではそのままコンタクトレス決済が可能な国が多くあります。イギリスではキャッシュレスな決済手段においてもミレニアル層を中心にカスタマーベースを着々と増やしているチャレンジャーバンクと、負けじとモバイルバンキングサービスの強化を図ろうとする従来型の大手銀行が張り合っている状況です。
「オープンループ」方式の交通サービス
ロンドン市内の公共交通機関は今やタッチ決済でしか乗車することができなくなっており、切符や現金支払いができません。SuicaやPasmoと同じチャージ式の交通系ICカードの「Oyster (オイスター)」カードが主流でしたが、2014年にコンタクトレスカードやモバイルの「Apple Pay(アップルペイ)」などそれ以外の決済手段を受け入れることができる「オープンループ」のシステムが導入されてからは、オイスターカードに代わって利用する人も増えています。
ロンドン交通局(Transport for London : TfL)が取り入れたこのオープンループの仕組みは世界的に注目されていて、ミラノやシンガポール、シドニーでも導入が始まっています。
iZettle(アイゼトル)
iZettleは個人経営ビジネス向けのペイメントソリューションを提供するフィンテックのスタートアップで、小規模店舗や屋台などが多いイギリスではiZettleのカードリーダーが使い勝手が良く手ごろと大人気。
iPadやAndroidタブレットとワイヤレスで接続しアプリで操作するだけで使えるポケットサイズのカードリーダーは、Chip and PIN、署名とコンタクトレス決済のすべてに対応していて、毎月の利用料がいらないのも個人事業にとっての魅力の1つ。初期費用はデバイスのみで、取引手数料は決済額によって2.75%〜1%が差し引かれる仕組みになっています。
面白いことに、iZettleを決済方法として使用する小規模事業は年間平均で15%以上の成長を見せており、EUの平均成長率を大きく上回っていることがわかっています。
スウェーデン
ITインフラがヨーロッパで一番整っている上、世界一キャッシュレス化が進んでいると言われているスウェーデンでは全取引高のうち現金決済率は1%ほど。デビットカード・クレジットカード、モバイル決済でほぼ全ての支払いが可能で、現金お断りの店も多いそう。
北欧はもともと人口が少なく、経済規模も他の先進国と比較して小さいことから通貨維持のためのコスト負担が大きいのもあり、キャッシュレスが強く推進されているという背景もあります。
スウェーデンは1661年に紙の銀行券をヨーロッパで初めて導入したり、ATMのパイオニアとして世界をリードしてきましたが、今や国の半分以上の銀行支店が現金の扱いをしていません。防犯対策も兼ねたキャッシュレス化により、2000年代に多発した銀行強盗や、違法薬物取引、不法就労も激減し社会全体に大きな影響を及ぼしています。
Swish(スウィッシュ)
Swishはスウェーデン中央銀行が中心となり、同国の10つの民間銀行が共同開発し2012年末にスタートしたモバイル決済アプリ。
主に個人間の送金が電話番号を通して簡単に行えることから、会計時の割り勘や市場や露天での支払いを目的に使われています。アプリ上で送金相手の電話番号と送金額を入力したあと、Bank IDというモバイルバンキングと共通の認証サービスで本人認証が完了すると、一瞬で銀行口座から決済が行われる仕組み。
2019年2月時点で国民の70%以上が利用しています。
デジタル通貨の検討
スウェーデンの中央銀行は通貨の供給制御を維持させる目的で、今後2年以内に自国の法定通貨「Krona(クローナ)」の電子版e-Krona を導入することを検討しています。中央銀行の副総裁Cecilia Skingsley氏はe-Kronaは現金を置き換えるのではなく補う目的で発行されるとしていて、金利はつけない方針を示しています。
しかし法定通貨のデジタル化を進めるにはまだ議論されなければならない事項が多くあります。例えば、中央銀行がe-Kronaを直接民衆に向けて発行するべきなのか、従来の通貨と同じように中央銀行が民間銀行に配布したデジタル通貨を流通させるべきなのかという点。また、e-Kronaを銀行口座で管理するべきか、もしくはカードやモバイルアプリ上で価値に基づき管理すべきなのかということ。
このように検討が進むなかスウェーデン国民はe-Kronaの導入に対して消極的で、すでにデジタル決済に多くの選択肢がありデジタル通貨の必要性を感じないという声も。
体内に埋め込まれた、マイクロチップ決済
ニッチなトレンドではありながらもスウェーデンで着々と利用者が増えているのがバイオハック技術により埋め込まれた手の甲のマイクロチップで行う決済。
同国ではすでに4000人以上が米粒ほどの大きさのマイクロチップを手の甲に入れ、支払いやオフィスや自宅のアクセスキーとして利用しています。 スウェーデン国営鉄道でも切符がわりにチップをスキャンすることが現在可能になっています。この市場を独占しているBiohax Internationalによると予約が殺到し、現在供給が追いついていない状況。近未来的なこのソリューションが他国でも普及するのかどうか、今後注目されます。
デンマーク
デンマーク政府は国策としてキャッシュレス社会を推進していて、財務省は経済成長施策のひとつとして「現金清算の義務」の一部廃止を挙げています。
2016年に施行された新しい法案によって、レストラン・衣料品店・ガソリンスタンドなど一部業種は現金による支払いを断ることができるようになりました。一方で郵便局や医療機関、薬局、スーパーマーケットなど社会的機能の高い機関に関しては現金清算できることを義務付けています。
デンマークは経済活動の透明性が高いと言われていて、政治家の汚職などが少なく、王家の1年の収支報告も新聞に載るほど。デンマーク人が自分自身の経済活動がオープンになることに慣れているためにキャッシュレス化が進んだ、という社会的背景もあります。
また、デンマークではチップの習慣がありますが、近年のキャッシュレス化に伴い、レストランなどでカード機を使って支払いする際にチップを含めた金額の入力を求められるようになったそう。
インスタント・ペイメント
先ほど紹介したスウェーデンのSwishと同じ仕組みの、24時間365日利用可能な即時取引決済システムは北欧では「インスタント・ペイメント」と呼ばれていて、MobilePay(モバイルペイ)がデンマークでは広く普及しています。欧州決済協議会のルールによるとSEPA(Single Euro Payment Area:単一ユーロ決済圏)内のインスタント・クレジット・トランスファーの最高限度額は15000ユーロ、決済時間は10秒と定められています。
ちなみに、他にもノルウェーのVippsやフィンランドのSiirtoと、北欧諸国にはそれぞれ電子決済サービスが存在します。デンマークのスマートフォン普及率は90%で、MobilePayは国のキャッシュレスへの動きを後押ししたとも言われています。
独自のデビットカードDankort(ダンコート)
デンマークでは銀行ごとや地域ごとでなく、国の独自デビットカードシステムのDankort(ダンコート)が広く利用されています。このカードはVisaとの複合型カードで、利用者がVisaとDankortのどちらで支払うか選べるといいます。しかし政府が取引手数料の規制を行なっているため、基本的にはDankortで決済する方がレートが安いのです。ただ、他国で支払いをする際やオンラインで買い物をする際は、Visaが便利なよう。
成人しているデンマーク国籍保持者のほぼ全員がDankortを所持しているという調べがあり、またデンマーク居住の外国籍者でも収入が継続しているという証拠があれば発行されるということ。カードだけでなく、対応機種のスマホなら、アプリでの決済も可能。
他国ではキャッシュレス化が高齢者に受け入れられるのかと指摘されていますが、70代の電子決済使用率60%、80代の半分近くがDankortで決済しているというデータもあり、デンマークではシニア層でも現金を持ち歩かなくなっています。
子どものおこづかいアプリ Mymonii(マイマネー)
デンマークではおこづかいもキャッシュレスになっています。子どもに現金でおこづかいを用意する手間を省こうとデンマークのダンスケ銀行によって開発されたのが、8〜14歳向けのMymoniiカードとアプリ。
保護者は銀行のモバイルアプリを通して子どもの口座におこづかいを送金することができ、子どもはカードを使用してATMでの現金引き出しやお店での支払いができます。保護者は事前に1日、1週間または1ヶ月の子どもの利用限度額を設定したり、貯金口座に入った額とカードを通して使用できる額を調整することも可能。Mymoniiアプリのインターフェースは子ども用のシンプルなデザインになっていて、子ども自身が自分のお小遣いや貯金を管理することを学習できる仕組みとなっています。
エストニア
電子ガバナンスとキャッシュレス化
政府主導でデジタル化が進められ、公的手続きの99%がネット上で行われている電子国家エストニアでは、電子ガバナンスによるキャッシュレス化が進んでいます。
従来は各行政機関が別々に管理していた国民データを連携させた「X-Road」というシステムをネット上に確立し、国民にICチップの入ったデジタルIDというIDカードを発行することで、住所や年金、運転免許証、銀行口座、医療カルテ、処方箋などの個人情報をすべて厳重に管理できるようなりました。X-roadはエストニアで10年以上使用されていますが、民間と政府のデータベースにつながっており、またアクセス情報は全てタイムスタンプされているセキュリティの高さ。ゆえ、ハッキングは一度もされていません。
このIDカードで直接公共交通機関や買い物の支払いができるほか、デジタルIDを用いてモバイルバンキングへのログインや各種取引の電子認証もできます。さらに、税金はシステムが個人や企業のデータをもとに自動で計算し、それぞれの口座から引き落とされる仕組みになっており、納税申告も必要ないそうです。
ビジネスにおける資産運用のキャッシュレス化
エストニアではIT系のスタートアップ企業が多く誕生していて、実はインターネット通話サービスの「Skype」もその一つ。この背景として、非エストニア人がオンライン上の法人登記を可能にするe-Residencyがあります。e-Residencyはエストニアに住んでいなくても市民権を得ることができる制度で、外国企業にとってはEU圏内でビジネスを進めやすくなるチャンスとなります。
自国を国際ビジネスの起点にするべくエストニアはe-Residencyにより各国の銀行からの融資の誘致し、資産運用システムを政府運営暗号通貨「Estcoin」によってキャッシュレス化することでビジネスにおける銀行間取引を効率化しました。Estcoinはビットコインのような暗号通貨と同じ性質を持ち、エストニアの政府が管理するキャッシュレスメソッド。このシステムにより海外からエストニアに籍を置く企業を運営し、遠隔から資金運用を行うことができるようになったのです。
まとめ
今回取り上げたヨーロッパ諸国の市民からは、キャッシュレス化が進むとスマートフォンやカードを持たない高齢者や失業者、貧困層などの社会的弱者にとってさらに住みにくい社会になるのではないかという懸念も出ています。特にスウェーデンではキャッシュレス社会に対しての考えが国民の間で対極化。安全で利便性が高いという理由でキャッシュレスに積極的な姿勢を示す人が多い一方、高齢者や、地方在住者、個人経営の事業者を守るため、そして貧富にかかわらずどんな人でも簡単に商取引ができるよう、現金が存在する社会を維持すべきという声もあります。
また、電子情報化された金融システムによって個人の収入源や支出先といったプライバシーが侵害され、いわゆる管理社会になるのではないかという不安も出ています。カードの普及によってフィッシング詐欺やスキミングなどが増えているのも現状で、デンマーク警察の報告によると、2009年から2016年にかけてカードに関する犯罪が60%増加したそう。これを受けて、デンマークの各銀行は詐欺対策の専門部署を設置し、利用者のカード利用状況に不自然な点がないかを絶えず監視チェックしているようです。
このような背景もあって、集中化された電子マネーや銀行システムではなく分散型のビットコインなどを代表する暗号通貨が世界のキャッシュレス化を可能にする唯一の手段だと主張する専門家も多いのです。
さらに、エストニアのX-Roadシステムのような国民データのデジタル管理に際しては、サイバー攻撃への対策などセキュリティ面の対応がしっかりなされることが重要になります。
日本でキャッシュレス化のメリットを最大限に活かして社会生活の質を向上させるためには国家レベルの取り組みと個人データの管理において細心の注意が必要となりそうです。
さいごに
弊社では、日系企業向けに、ヨーロッパのビジネス、カルチャー、マーケット動向に関する調査レポートを多種ご用意しています。ニーズに応じてカスタマイズ可能ですので、ぜひお気軽にお問い合わせください!