イギリスにおけるメンタルヘルスケアの現状とテクノロジーの活用
Yuichi K.
今回の記事では、イギリス在住のAIを勉強するライターが世界中で大きな注目を集めるメンタルヘルスについて記事を書きました。イギリスのメンタルヘルスの取り組みについて公的、私的にどのような取り組みがされていて、イギリスのスタートアップ企業はテクノロジーを用いてどのようにメンタルヘルスの問題に取り組んでいるかについて紹介しました。
はじめに
コロナ下でリモートワークなどが進むなかで、なかなか思うように外出できることができずに部屋に籠りがちになっている最近、ライフサイエンス分野の中でも、ストレスの感じやすさからうつ病をはじめとした、メンタルヘルスに注目が集まっています。Statista(2021) が2087人のイギリス国内の回答者に対して、実施した調査によると、10人に4人がコロナ下においてこころの状態に負の効果があったと回答し、その中でも不安障害(Anxiety)は、38%、ストレスは36%と高い割合を占めています。
今回は、イギリスでメンタルヘルスケアにおいて、どのようなサポートがなされているのか、特に若い世代に対してどのような課題があるのか、それに加えて、メンタルヘルスの問題を解決するために、AIをはじめとするテクノロジーを用いてどのような取り組みがなされているのか、最後にイギリスをはじめとする欧州で話題となっている日本の生きがい(Ikigai)という考え方を元に、日本のウェルネスとテクノロジーがイギリスにおいてどのような潜在的なインパクトがあるのかをご紹介したいと思います。
イギリスの公的サービスにおいてメンタルヘルスの取り組み
イギリスは第二次世界大戦以降、「ゆりかごから墓場まで」を合言葉とした、包括的な社会福祉政策がなされており、社会福祉には早くから手厚い保護がなされています。
例えば、直近では、2018年のテリーザ・メイ内閣時に世界で初となる孤独問題を解決するために孤独問題担当大臣を置く革新的な取り組みを行っています。
イギリスでは様々なバックグランドの全ての人に均等かつ公正な医療を提供するためにNHS (National Health Service) と呼ばれる国営医療システムが導入されています。これにより、日本のように一部の経済的負担を強いることなく、歯科など一部の治療を除く全ての治療を無料で受けることが可能です。メンタルヘルスも例外でなく、全ての治療が患者に対し、一切の金銭負担を生じることなく、治療を提供しています。また、メンタルヘルスにおいてはその治療範囲は広く、薬物療法だけでなく、カウンセリングからなる認知行動療法も多く採用されています。
一方で、イギリスのメンタルヘルスに対するNHSを始めとした公的サービスにおいても必ずしも十分な質が担保されている訳ではありません。イギリスのNHSは、税金を財源とした国営サービスとして運営をしているため、財源不足や人材不足に加え、昨今ではコロナの対応に追われているため決して満足のいくサービスを提供できている訳ではありません。
例えば、イギリスでは、精神科医などを始めとする専門医の治療を受ける前にGPと呼ばれるかかりつけ医に診察をしてもらい、GPが必要に応じて専門医に紹介をするという流れになります。そのため、専門医の負担を減らし、緊急性の高い患者に治療を施すことを優先するため、GPが必要でないと判断した軽度やボーダーラインの症状に対しては、専門医の治療が施されない場合があります。特にこの傾向は若者に対して強く見られ、精神疾患の兆候が見られた4人に1人が実際に治療を受けることができなかったという結果も調査により明らかになりました。
また、実際に専門医に紹介されたとしてもカウンセラーの供給が需要に応じておらず、長い待ち時間も問題になっています。英国王立精神科医学会 (2020)の行った調査によると、最初の診察から次のカウンセリングの予約まで、64%の人が3週間以上、さらにその内の23%の人が3ヶ月、11%の人が半年以上の待ち時間があったと報告されています。
イギリスにおけるメンタルヘルスの私的サポート
このように、イギリス政府が提供するNHSという国営医療システムには限界があり、これだけで国民全てのニーズに適切に対応することができないという現状があります。そのギャップを解消するために、保険制度といった公的扶助によるものだけでなく、非営利団体のサポートが活発であるのがイギリスのメンタルヘルスケアにおける特徴の1つです。特に、コロナ禍におけるメンタルヘルスの需要の増加に伴って、NHSの枠組みにはまらない形で慈善団体が支援を提供しています。
例えば、Mind と呼ばれる慈善団体がチャリティーショップをメンタルヘルスの啓蒙活動や同じこころの悩みを抱えた人に対してオンラインコミュニティを提供することで、当事者同士で、こころの病気を支援する仕組み作り、それらの結果を元に作成したレポートを政府に提言するといった活動を行っています。他に日本の自殺防止ホットラインである「いのちの電話」の元になったSamaritans(サマリタンズ) もイギリスの発祥です。サマリタンズは24時間365日いつでも電話で相談を受け付けており、人種や宗教、性的指向に関わらず、自殺を考えている人や心が晴れない人に対して、無料でサービスを提供しています。
また、このような非営利団体によるサービスの充実の背景には、国民のメンタルヘルスに対する認知度や寛容度の高さが理由の一つとして挙げられます。例えば、イギリスでは、教育プログラムの一貫としてストレスに対する予防や精神科医の面談、精神疾患に関する誤った考えの是正や適切な認知の拡大を促しています。
イギリスにおけるテクノロジーを活用したメンタルヘルスの取り組み
以上のようにこころの病気やウェルビーイングに対して、この事態を解決するためにAIを活用したアプリが開発されています。このセクションでは、イギリスにおけるメンタルヘルスやウェルビーイング領域においてどのようにテクノロジーが活用されているのか、そして、どのようなトレンドがあるのかをご紹介します。
Headspace
Headspaceはイギリス人で、アジアを旅し、チベットの僧院での修行を経て僧侶となった Andy Puddicombe とプロダクトマーケティンのバックグラウンドを持ったRichard Piersonによって2010年にロンドンにおいてローンチした瞑想、マインドフルネスアプリです。シンプルかつわかりやすいUI,UXによって裏付けされたデザイン性、可愛らしいマスコットキャラクターが人気を呼び、イギリス国内だけでなく世界中の人々に親しまれています。Headspaceは他のウェルネス製品などとの差別化を測るために、AIスタートアップの音声認識や自然言語処理といった分野に強みをもちAmazon AlexaやGoogleアシスタントにも導入された実績のあるAlphine.AIを買収することでアプリにAIを用いた音声対話機能を実装するという発表をしました。
Helloself
Helloselfもメンタルヘルスに焦点を当てた、イギリス発のBrain Techとも呼ばれるデジタルスタートアップです。
メンタルヘルスに悩むユーザーの兆候から最適な臨床心理士をマッチングし、オンラインでのカウンセリングを使った分だけ支払うビジネスモデルに加え、月額サブスクリプションのAIによるライフコーチボットを提供しています。これにより、従来のカウンセリングにおいて生じていた、正しいカウンセラーを見つけるまでに時間や費用がかかるといった問題を解消するだけでなく、ライフコーチボットを活用することで、カウンセリングに依存しがちなユーザーに過度な経済的な負担を強いることなく、カウンセリングやセラピーを受けることを可能にしました。
このライフコーチボットはユーザーが答えた質問に対して、最適とされるアドバイスをユーザーごとにAIがオリジナルのライフコーチとして提案することで、よりパーソナライズ化されたサービスの提供しています。これを可能にしているのは、Helloselfが独自にデータサイエンス部門を立ち上げることで組織として、ライフコーチボットなどの推薦システムを容易に実装できる組織構造を確立していることが挙げられます。
このようなメンタルヘルスにおけるデジタルサービスの特徴として挙げられるのは、デジタルネイティブとも呼ばれる若い世代かつ、自殺や自傷行為のリスクがなく、NHSの治療の優先度が低いために、公的補助のサービスが受けられない層をターゲットとし、AIを用いて課題解決している点にあります。このように、メンタルヘルスに対しての予防や初期治療が最もイギリス市場において注目を浴びており、伸び代があると考えられます。
日本型Well-beingと潜在可能性とその応用
以上の背景から、イギリスをはじめとする欧州で日本の生きがい(Ikigai)という日本式な幸福学が注目を浴びています。Ikigaiという概念は、Francesc MirallesとHéctor Garciaが執筆したIkigaiという本が欧州でベストセラーになり、BBCや世界経済規模フォーラムなどで取り上げられたことから、知名度を高めることとなりました。
生きがいとは、人生の意義や目的を見つけることで日々の人生の生活の質を向上させるものであり、幸福やWell-Beingの1つであるポジティブ心理学の研究において、生きがいを持つ日々を送ることが精神的健康だけでなく、身体的健康や寿命にも影響を与えることがわかっています。この考え方は、メンタルヘルスにおいて、NHSが財政的な観点から、患者に対して行うことのできる限定的な対処や、うつ病やパニック障害の症状を緩和する目的を主軸に置いた慈善団体やスタートアップとは異なり、日々の心のセルフケアに重きをおいており、イギリスにおいても先にの述べた予防や初期治療の観点から潜在的な需要があると思われます。
また、先ほどのスタートアップの例のように、膨大のデータを機械学習を使って学習させることでよりユーザーが抱える課題に対して最適化された解決策を提供することを可能にし、よりユーザー満足度の高いプロダクトが提供可能になります。このように日本的幸福論の1つであるIkigaiと最新テクノロジーの活用は現代のイギリスのメンタルヘルス領域に対して有効性が高いと言えます。
まとめ
今回は日本とイギリスのメンタルヘルス領域の取り組みについて公的、私的の2つの観点から紹介し、その中で、イギリスのスタートアップ企業がテクノロジーを用いてどのようにメンタルヘルスの向上に取り組んでいるか、そして日本の文化とテクノロジーの潜在的な需要の高まりやその示唆について紹介しました。今後もメンタルヘルスという領域においてテクノロジーがどのように伸びていくのか注目が高まります。
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